大崎市議会議員・木村和彦(きむらかずひこ)

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プロフィール

古川高等学校時代

ラグビー愛好会

ラグビーが人手不足のときに人数合わせで助人として参加。初めての試合が対石巻高戦で、一度もボールに触れることなく終り、前年優勝高としての慣禄に押された感じでシャットアウトされた。
試合が終ってグラウンドに横たわり、大空を仰いでいるときに青春を強く感じたものだった。それに、ブラスバンド部だけで過して来た自分がスポーツをやり大汗をかいた時、本当にスポーツはいいものだと感じたときでもある。

体育系部活「ブラスバンド部」

3 年生のとき B クラスで県大会を制覇!
自由曲「ローマの松アッピア街道」。
この曲は小編成では演奏できないと言われるもので、これに 25 名で挑戦してこの結果を出し部員は大喜び、しかも B クラス初優勝とあってその興奮が覚めるまでには相当の時間を要した。前年部員不足でコンクールに出場できなかっただけにこの喜びもひとしおである。古川高等学校にブラスバンド部ができたのが昭和 36 年で、翌年から各種のコンクールに出場し、昭和 44 年に A クラス優勝、以来前年までに 2 位に甘んじて来た我々には、優勝の喜びが数倍にも感じられた。
勢いに乗った(調子に乗った?)我々は青森県弘前市民会館で開かれた東北大会に出場し、各県代表校の強豪揃いの中で第 3 位入賞を果たした。泊まりでのコンクール参加は初めてであり「泊り」の印象も深いものがあった。
ちなみに翌年は東北大会を初制覇。これは後輩への指導が的確であったことの表れか。県大会の審査員に「会場の大きさを考えた音量で演奏するように」との評があったが、古高のブラスバンド部に入ったときから先輩の指導の中に「おど(音)はおっきぐ出せ!」というものがあり、我々はその教えを忠実に守った結果なのである。この頃から古高ブラスバンド部は「体育系部活である」と認識していた。

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